SF西遊記・はじまりの章 シーン五
SF西遊記・はじまりの章 シーン5
震えていた…!
ガクガクと、見ていて憐れなほどに、目の前の人物、この場で仕留めるべき最後のターゲットが…!!
見ればまだ若い男のようだ。
若いとは言ってもじぶんよりは年上だが、それでもせいぜい二十代も前半くらいだろうと見当がつく。見るからに華奢で非力そうな青年は、顔面蒼白でがたがたと震えている。
口から声にならない嗚咽を発し、こちらを恐怖で引きつり大きく見開いた目で見ているのが勘に触った。
出くわせば良くある反応だが、ならばこのじぶんはひとからどれほどバケモノじみて見えているのか?
「ひぃっ…た、たすけてっ…!!」
可細い声で懸命に発した命乞いがなおさらに少年の心を逆なでた。
おれはバケモノじゃねえんだよ!
怒鳴りたいのを必死にこらえて、一拍おいてから口から出た言葉はじぶんでも思ってもみないものだった。
「それはこっちのセリフだよ…!」
「…へ?」
ぽかんとした表情でメガネ越しに白黒したまなざしを送る相手の、白痴みたいなさまにじぶんでも気まずくなって視線を逸らす。小さく舌打ちしてから改めて面と向かって言ってやった。
「悪いけど助けてやる義理なんてないんだけど? むしろやっつけるつもりで来たんだから! おたくら悪者なんだろ??」
とかくぶっきらぼうに言い放ったセリフに相手は激しく反応して声を強く震わせる。
「どうして! キミたちこそっ、弱者に対して非道な権力と暴力をふりかざして…!? だってキミたちは、人間じゃないんだろ?」
おそらくはこの見てくれをさしての言葉だろうもの、言われた少年、悟空は力一杯に否定してやった。
「人間だよ! ひとを見た目で判断すんな!! 確かにこんな見てくれだけど、おれちょっと前まではたたの中坊だったんだからな!!!」
「ちゅ、ちゅうぼう? な、何を言って?? いやそれよりも、キミ、まさか意思が…ちゃんと自我があるのか? ただの殺人ロボットじゃなくて!?」
ただならぬ衝撃に打ちのめされたみたいな驚愕のさまで表情とメガネを震わせる相手に、また舌打ちしてもうどうにでもなれと投げやりに言っている自分の言葉がもはやわからなかった。
「チッ…じゃあ兄ちゃん、家ある?」
「は?」
「こういうのってギブアンドテイクだろ? 助けてやるんだからしばらくはお礼にこっちの面倒も見てよ。おれ帰る家がねえから」
「は??」
完全な白痴状態のメガネをさておいて、ぐるりと頭を巡らせるサルは仲間のブタに言ってやる。
「八戒! おれ悪いけどここで抜けるから! あとよろしく」
「ぶっ! は、なに言ってやがる、おまえ正気か? ぶぷっ…こいつは傑作だが、そんな思い通りに行くと思ってるのかよ??」
「おいっ…!」
目の前と視界の外で殺気立つ気配にもお構いなしの少年はみずらかの視線で横の壁を示す。怪訝な顔つきの大ブタに悪びれもせずに言ったセリフが凄かった。
「出口、開けてよ。どうせ取り壊されるから何しても大丈夫なんだろ? ほら!」
「おまえ、本気なのか? ぶっぷぷ、わははははっ! こいつはマジでおもしれえや! それじゃどこへなりともいっちまいな!! 今日からこのおれさまがリーダーになってやるからよっ、そうら!!」
右手の一振りで壁に大穴を開けるブタのバケモノをこちらも楽しげな笑みで見上げるサルだ。
悟空はそれまでの鬱憤がすっかり晴れた笑顔で明るく了解する。いいざま混乱する青年の首根っこを掴んでいた。「ありがとう! 八戒、じゃなくてあんたやっぱりセンパイだぜ!!」
「え、あっ、ちょっと! いや、そんな、あっ、ああああああああああっ!?」
かまびすしい悲鳴を道連れに、道もないはず虚空を駆け上がるかにする人影はすぐにどこへともなく消え失せる…!
「ふんっ…後悔すんじゃねえぞ!」
「おいおいっ…面倒なことにしやがって、無事で済むわかけがねえだろう?」
ちょっとだけ名残惜しそうな微妙な顔のブタに、背後から寄る細身のトリが舌打ちする。
「オレたちはもう人間じゃねえんだから…!」
誰にともなしに、自分に言い聞かせるかにした言葉がただ乾いて空に響いた。