クロフク *プレリュード* 第三話(後半)
クロフク
*プレリュード*
第三話(後半)
「3Pというヤツか? ますますわからないな…」
「オレもわかんねえって! つーか、さんぴーってなんだ??」
「さっ、さんっ、ぴぃっ? なっ、なっ、なっ…!? あとそれにっ、せ、せせっ、セックス、ですって? クロ、こいつら!!」
「ああ、ひどいな? 完全に中2男子の会話だ! もとい、あまり気にするな。ただの戯言(ざれごと)だ…! あのシシドというやつは性格的に多少難ありで、それでもクロフクとしての能力は高い。それよりも少々、厄介だな?」
華奢な肩をわなわなと身震いさせて声まで上ずらせる、もはやかなり取り乱したさまのルナである。
おなじく無表情を装っていながら内心の呆れみたいなものが顔の端々(はしばし)にうかがえるクロは、また別の意味合いの困惑もそこににじませるのだった。
片やそのあたりを敏感に感じ取る女の子だ。
逆立てた柳眉片方だけいぶかしげにひそませたりもする。
「…?」
「そう、あいつは見ての通りの極端な自信家で、不用心なだけにここにはてっきり単身(ピン)で来るものとばかり思っていたのだが、よもやコンビでやって来 るとは…! しかもあの後ろのヤツも、地味で目立たないキャラながらこの物腰からして相当に熟練していると見ていいだろう…!!」
どでかい毛虫じみた黒くて太い眉が左右とも歪(いびつ)に固まっているのは、何も目の前のさながらおバカ中学生コンビのふざけたありさまに苦虫噛みつぶしてるというだけではないものらしい。
サングラスで目元を隠しているが、この目線がかなりシビアであることを察知するルナだった。
目の前の黒服どもは首元のネクタイ取ったらただの中学生に転落必至だが、でぶった体格で黒のフォーマルをばっちりと着こなすこちらのクロフクはぬかりなくした真顔でさらに続ける。
「加えてあれとシシドとの相性は抜群にいいはずだ。このコンビでの仕事の成功率は9割を切らないはずだからな? ヘタなトリオ(三人編成)よりよっぽど上 手(うわて)だぞ。何より被弾(負傷)率が極端に低い! さては性格的に先走りしやすい相棒をうまく抑えるブレーキ役を果たしているのか、はたまた特異な 才能を持ち合わせているのか…あいにく地味すぎて名前がわからないのだが…手強いな!」
みずからの分析にいかにも納得とばかりにひとりでうんうんうなずくサングラスのデブに、ついには眉どころか左右のお下げ髪まで逆立てて悲鳴を発するルナは言ってることがもうかなりのクレーマーじみてた。
対するクロは太い眉をまたかすかにひそめる。
「な、なにが手強いってのよ! ただのどスケベ赤毛ザルとむっつり白ブタ野郎じゃない!? あんなの生理的に受け付けないわっ、どうにかして!!」
「赤毛ザルと白ブタ…! いや、ちょっと露骨に過ぎるような? それだとこの俺は黒ブタになるのか、クロだけに?? もとよりあまり相手を挑発しないほう がいい、俺個人としてもさして笑えた立場でないわけではあり…。後ろのヤツの名前が不明な都合、確かに仮称は必要なわけだが、ならばここはひとつ、食べ物 (フード)で例えるのが妥当ではないか? キムチとスルメ、およそこのくらいが順当なラインだろう…!!」
「なんだっていいわよ! キムチだろうがスルメだろうが、キャビアだろうがトリュフだろうが、タバスコだろうがラードだろうがね!!」
「む、キャビアは、俺だろう? 海のダイヤは黒いのだから! そこはせいぜいフォアグラだろうが、高級食材には違いないな…? ふむ、さすがいいとこのお嬢さまは普段からいいものを食っている! 赤毛ザルにはもったいないくらいだ」
「別に毎日じゃありゃしないわ! というかどうでもいいのよっ、そのたとえは!! わたしが言ってるのはこの無礼などスケベどもをどうにかしろってこと で、不愉快で仕方が無いってコトよ! ほんとに、さっきはあんたにそのサングラス取れとか言っておいてなんだけど、今はむしろちゃんとかけてほしいわよ ね?」
キッといまいましげな目線で見上げるに、この視線に感づいたらしい当の赤毛ザル、もといキムチ(?)のほうが、はぁ、なんですかぁっ? とばかりのそれはいかにもわざとらしげなニヤけた視線を投げ返してきた。
無表情のスルメのほうは気にしたふうもなく、目の前の相棒が今だにとてつもなくひわいなジェスチャーを学生乗りでかましてるこの手もとをのんびりと眺め ている。不気味なくらいにリラックスしたさまが確かにただならぬ様相だが、今のルナにしてみたら気分を逆(さか)なでするだけの厚かましい態度だ。
だが若い女の子がひとりこんなに逆上したところで、調子に乗った悪ガキを増長させるだけだったか。
食ってかかるルナを見下ろす視線は余裕たっぷりで冷ややかそのものだ。
「このキムチ! じゃなくて、シシド、だったっけ? あんたさっきからいい加減にしなさいよ!! でないとこの依頼者権限において即刻リコールしてやるか らね? いいこと、あんたたちに提示された額は相当なもののはずだから、本部からすぐに呼び出しくらうわよっ、そのまま処分(セール)されたいの!?」
「はっ、やれやれ、ちびっこいクセにおっかねえ嬢ちゃんだな? 弱い犬ほどキャンキャン吠えるとは言うが、そんなカッカすんなよ、シワが増えるぜ? そっ ちこそ勝手にふたりで盛り上がって、ひとを置いてけぼりにしやがって、ひでえよな? あと赤毛のサルとかキムチとかって、なんのこと??」
「その口ぶりだとおおかた理解しているのだろう? それに勝手に盛り上がっていたのはむしろそっちのはずだ…あと職務規程、俺たちクロフクに必須のサングラスはどうした? これも立派な減点対象だが??」
真顔の同業者から冷静にたしなめられても、それまでのひわいな手つきをどちらもやれやれと大げさにバンザイして肩をすくめる赤毛のクロフクは、日焼けしたこの素顔にこれでもかと不敵な笑みを浮かべる。
挑戦的、ないし挑発的としか言いようがないなめた口ぶりだった。
「はっ、さすがに生まれついての優等生のエリートさまは言うことがうざいよな? おまえ今からでも教官が務まるんじゃねえの? あの現場からまんまとリタ イアしたくそジジイどもに混じってな! 職務にはこれから入るんじゃねぇか…つってもこのオレはんなジャマなもんは付けない主義なんだよっ…」
「主義…そいつは初耳だな? でも確かに屋内で人気がないここではわざわざ付ける意味合いが乏しいんじゃないのかな…! ならおれももう付けないことにするよ。そっちの真面目なエリートさんには申し訳ないけど…」
「む、その口ぶりではこの俺が融通の利かないバカみたいに聞こえるな? はなはだ不本意だが、おまえが言っていることは一理あることだけは認めてやろう。 相棒の単細胞と違って回りに気を向けるクレバーさがある…地味なくせに、さては相当な修羅場をくぐっているな? どこにもスキが見当たらない、まるで背中 に目があるかにしたカンペキな立ち位置と立ち姿だ…!」
「背中? おほめにあずかって光栄だが、あんたほどでもありはしないよ…あんたはそんなスキだらけなようでいて、その実、誘っているんだろう…?」
顔つきも態度もハデで大げさな相棒とは打って変わった落ち着いた口調と物腰のスルメは、この内心の考えをまるで悟らせもしない。
そのクセ何かしら含むようなところがある物言いには、対するキャビアがかすかにその真顔の口もとをほころばせるのだった。
さながら言葉がなくとも通じるかにした玄人(プロ)と玄人(プロ)の立ち会いだが、まるでそんなことを気にもかけない陽気なおサルさんが横からキャッキャと上機嫌のしたり顔でぬかしてくれたりもする。
「おうよ! コイツはこのオレの一番のダチで、無口だけどスッゲー気がきくし、実はなんでもこなせるマジですごいヤツなんだぜっ! ま、見てのとおりでオ レとおんなじタイプなんだが、このサノはカンとキレが抜群の隠れた逸材だぜ! このオレと合わせたらまさしく鬼に金棒ってもんよ!!」
「はは、なんだか照れるな…! ほかのヤツらから言わせればただの器用貧乏だなんてことになってしまうんだが…まあ、地味なのは確かかな? これと誇れる ような戦績(スコア)がないし、いつもシシドの影に隠れて任務をこなしてるだけで…エリートの指揮官クラスには名前どころかこの顔も覚えてもらえないし な…」
「おいおい、そんな謙遜すんなよ! そっちのすかしたエリートは知らなくたって、このオレはとっくの昔に認めてるぜ! おまえは正真正銘、どこに出しても誰にも引けを取らないマジモンのクロフクよ!!」
「…いや、この俺もお前のことはかねてよりチェックはしていたぞ? そこのやかましくて扱いにくい問題児、シシドとのコンビ仲はなかなかのものだからな? そうだ、サノ、おまえには今もただならぬものを感じている…!」
「ケッ、今さらそんなゴマすったところでこのサノはてめーなんかにゃやらねーぞ! なんたってコイツはこのオレさまの唯一無二の相棒(マブダチ)なんだからな? そうともオレたちゃ無敵のクロフクコンビよ!!」
「…! ああ、実際、シシドのサポートをこなせるのはたぶんおれしかいないな…でもほんとに光栄だよ、このおれのことを知っててもらえたとは、まさかあの泣く子も黙るビッグスリーの一角が…!」
「びっぐすりー? へっ…クロ、あんたさっきあの無表情のヤツは地味だから名前がさっぱりわからないって…!」
「うむ! もちろんだ。別にコマンダー(指揮官)になど興味はないが、出来るヤツのことはしっかりと把握している。すべからく、これぞ仕事を円滑にこなす上で必須の情報だからな!」
「あっ、あんたもたいがいろくでもないわね! ああ、もういいわっ、だったらあんたち、これからどうするの? なんだか雰囲気落ち着いてきたから、このままめでたく仲間入り…ってことでいいわけ??」
「…………」
もはや投げやりに言ってやるに、するとそれきり妙な沈黙が場を満たしてしまい、ルナは顔つきがこれまた微妙になる。
「ちょっと…!」
いやな気配…!
なんだか背中のあたりがむずむずするが、これがいわゆる嵐の前の静けさであったことをこの直後になって思い知るのだった。
キムチだか赤毛サルだかが不敵な笑みを浮かべておもむろに切り出す。
「はっ、仲間ってのは、ちょい語弊があるよな? 確かに同業者ではあるわけだが…! ま、ようはこのミッションをクリアすればいいわけだろ? 聞くにはい かにもちょろい儲け話だから、点数稼ぎもかねてわざわざダチ誘ってこんな片田舎まで馳せ参じてやったんだ…依頼の中身にゃいけ好かないエリートさまと仲良 くしろとは書いてなかったしな?」
「ふむ、いけ好かないエリート、とはこの俺のことで相違ないのか? ただちに異議を申し立ててやりたいところだが、あえて黙っておこう。今はこの任務のほうが優先される…!」
「さすがはエリート! おかげさんではなしが早いやな、だったらオレも遠慮無く答えてやるよ? このオレたちの答えはもちろん、こっちだぜ…!!」
「!?」
目の前で殺気が膨れ上がるのを、ルナはただ棒立ちで見上げてしまう。
「ルナ! この場から逃げろ!! まずは身の安全の確保をっ…!?」
すぐ耳元で叫ぶクロフクの声と、息を呑む気配、クッションのようなふくよかな手で身体を押しのけられたのがひとごとみたいに理解できた。
そうしてハッと我に返った時、背後の殺気と殺気のぶつかり合いを振り返ることもなきまま、目の前にでかい影(カゲ)が現れて、この身ごと意識をさらっていったのを理解した時には、事態はおよそ思いも寄らないものへと急転直下していた…!
※次回に続く…!