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クロフク *プレリュード* 第三話(前半)

   クロフク

 *プレリュード*

    第三話(前半)

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 ぽっかりと視界の開けた、やけに高い天井――。

 だがそこにふさわしくした豪華なシャンデリアなどはなく、がらりとした広間は調度品のたぐいがやはりどこにも見当たらない。
 ただひたすら、ひっそりと静まり返っていた。
 かろうじて床面一杯に敷き詰められた赤い絨毯(じゅうたん)にぽつぽつとだけ、かつてそれらがあった跡だとおぼしき影が、その形のままに赤黒く残っているくらいだ。
 あとそれが本来のこの床の色であったのも見て取れるが、寡黙なサングラスのクロフク(黒服)は地面からこの視線をまたどこか遠くの壁面へと向ける。
 それがある一点を見つめているらしいことをこのすぐ側(そば)からそれと察する、元クライアントにして今はこのパートナーとなる若い娘、ルナがみずからもそちらを見上げながらに言うのだった。

「…ええ! 見ての通りで何もありはしないけど、かろうじてここではあれだけが残ったの。死んだおじいさまの、肖像画ね…! それがどうかしたの?」

 真顔でただ一点を見つめるボサボサした黒髪の丸顔は何も返事を返さないが、それと壁面のこちらも物言わぬ絵の人物とを見比べる娘は、ちょっとだけ意外そうな目つきでこのクロフクの横顔をあらためて見つめるのだった。

「! …ねえ、いま思ったのだけど、ちょっとおじいさまに似てたりするのかしら、クロって? あのおじいさまの真っ白い髪を黒く塗り直してそのサングラス をかけさせたら、ちょうど今のあなたみたくなるんじゃない? あ! まさかあんたこそ血縁関係があるだなんて言うんじゃないでしょうね??」

「…いや、他人の空似(そらに)というやつだろう? 俺としてはそう願いたい。それにもっと似てるヤツを、俺は身近に知っているしな…いや、それよりももう別れは告げたのか? 次はいつ戻ってこられるかもわからないのだぞ?」

「それはもうとっくに…! ここはおじいさまの愛用品ばかりが集められたお気に入りの居場所だったの。わたしにとっても特別な場所だったのだけど、こんな ありさまじゃね? でもせめて何かひとつくらいは思い出が転がっていないかとも思ったのだけど、心のいやしい人たちにはすべてが金目の物としか映らなかっ たのだわ! でもそれなのにあの絵だけが取り残されていたのが、今となってはとっても皮肉よね…どうしたの?」

「…いや、気配が近づいてくる。あれにお別れが済んでいるのはせめてもだったな! そうして早速だが、走る準備は出来ているな?」

「…はっ? いきなり何を言って…!?」

 開かれたままの樫の大きな扉の先をこのサングラス越しにじっと見つめるクロフクは、その静かな気配にピンと張り詰めた空気が生じるのが傍目(はため)にもわかった。
 おなじくそちら目をやるルナは、はっとしてそこに現れた人影を見やる。

「あら? なに、あれって…! クロ、あんたとおんなじクロフク…よね? 仲間、なの? そうだわ、あんたたちっていつも三体ひと組で、じゃなくて三人ひと組で任務に当たるんでしょう? ねえ…!」

 返事の代わりの張り詰めた間(ま)が少女の胸の内にイヤな予感を抱かせた。
 目の前のクロフクと同じくした漆黒のフォーマルを着込んだ男は、やはりでっぷりとした大柄の図体で、おまけに二人連れだった…!
 見ている間(あいだ)にズカズカと大股でこの広間の中に入り込んでくる。
 それがろくな挨拶もなしにこのすぐ目の前までつけて、おまけ高い目線からこちらをぶしつけにジロジロと見下ろしてくる男たちの態度にまず異様な違和感を感じるルナだ。
 そして中でもこの先頭に立つ男がこれまでじぶんの見知ってきた男たちとは別物のようなイヤらしい表情で相対(あいたい)してくれてるのが、やや前屈みで 肩をすぼめ、両手を上着のポケットに突っ込んだままの、いわゆる街中にたむろするヤカラみたいなありさまに少なからずした衝撃が走る。

 え、何っ? コイツ…!?


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 言葉にしたらそんな忌避感か嫌悪感みたいなものを感じていた。
 すぐ後ろに立つ男も身なりは短髪でこざっぱりとしていたが、こちらはやたらな無表情で人形さながらの空虚な目線を投げかけてくる…!
 前と後ろでもの凄いギャップがあったが、いいや、こちらはむしろ良く見知ったはずのものだ。
 なのにそこにもおかしな違和感を感じる。
 彼女が知っている無表情とはまた別の、それこそ何か得体の知れない…?
 思わず一歩その場から後ずさるのだが、この異様な感覚とプレッシャーの大きな要因をただちに理解した。
 つまりはこのふたりの、およそあからさまに過ぎるその表情…!
 そう、しょっぱなからどちらもサングラスをしていない、ありのままの素顔をさらしてくれいるのだ。およそこれまでのクロフクにはありえないラフなスタイ ルだった。後ろのかなりイレギュラーな存在性を発揮してくれた男でさえ、その真顔にサングラスのイメージは崩すことがなかったのに。
 むしろ表情や目線を消すのに必要なアイテムなのだろう。
 本能的な危機感を覚えるが、言葉に詰まっているとやがてあちらから遠慮もなくした挨拶が掛けられてきた。
 これにまたしてもぎょっと目を見張らせる娘だ。

「よう! おふたりさんで仲良くイチャついてるところをジャマして悪いが、どっちもしばらくツラ貸してもらおうか? にしてもずいぶんと殺風景な部屋だよな? なんでこんなトコにいんの?? ははん、さてはふたりしてマジであやしいことでもしようってのか? わはは!」

「なっ…!?」

 やだっ…コイツ、ほんとにわたしが知ってるクロフクなの??

 ありえなかった。
 その存在性からモノの言いようから何から何までが!
 後ろに立つクロフクとはまた違ったイレギュラーさ加減だ。
 いっそ完全に振り切った危なさがある。
 背筋に悪寒めいものが走る娘はほんとに絶句してしまうのだった。
 だがそれをいいことに完全になめきった目線をこの身から頭上とへ差し向ける赤毛のデブは、背後の同業者(?)へといかにも慣れた口調でのたまう。

「よう、久しぶりじゃねえか、クロ? 訓練校時代はずいぶんと世話になったもんだが、お偉いエリートさまがさっぱり噂(うわさ)を聞かなくなっちまったよ な? 近頃、羽振(はぶ)りはどうよ?? あん、相変わらずムカつくポーカーフェイスを気取ってやがるようだが、そんなもんはすぐにひっぺがされることに なるぜ? ま、見ての通りでスタートは譲っちまったみたいだが…な?」

「シシド…! やはり来たか。ある程度予想はしていたが、少々、想定外のコトもあるようだな? まあいい、お前が今回のイレギュラー、言わば競合者となるのか…!」

 暗いサングラスの奥の表情はどんなものなのか、あまり再会を喜んでいるようには見えない無表情がしごく落ち着いた声音で応える。
 すとるかすかに肩をすくめさせる、シシドと呼ばれたヤクザ者みたいなそぶりのクロフクはニヤリとして含みのある言葉を吐き出す。

「あん、そう固く構えるなよ…! オレはまだお前とここで張り合うとは言ってないぜ? でかい分け前を仲良く折半(せっぱん)ってことで、うまいこと共闘だってできなくはないんだろ。何しろこの目的は一緒、なんだからな?」

「は? 目的は一緒って、あんたたち仲間なんじゃないの? だっておんなじクロフクでしょうよ?? あとあんたムカつくわね! そのふざけた態度といいなめた口の聞き方といい…! ただのチンピラじゃない!!」

 デブとデブの間に挟まれてすっかり立つ瀬がなくなった少女が金切り声を上げてみずからの存在を必死にアピールする。
 そんな間近で騒がれてはじめてこの存在を思い出したようなクロフクは、おどけたサマでまたみずからの肩をおやおやとすくめさせた。

「はん? ああそうか、いたんだよな、今回のクライアントさまってのが? てか、これがそれなのか?? ちっちゃな画像(写真)でしかデータがなかったから、ちっとも分からなかったぜ、ふ~ん…!」

「なっ、なによっ!」

 またしてもジロジロと遠慮のかけらもない視線を浴びせられて、嫌悪感以外の何ものでもない悪感情が胸の内に渦(うず)巻(ま)くルナなのだが、おまけにこの赤毛の日焼けしたデブがぬかしくさったセリフにいよいよ全身が総毛立ってしまう。
 意味深な陰りを帯びた表情は下品な笑みとしか言いようがなく、この背後の仲間に向けた言葉も品性のカケラも無くしたただの暴言だった。

「おい見ろよっ、相棒! メスだぜ、メスっ! 女ってヤツだ、この依頼人、データでは知ってたがこんなチビっこいとは思わなかったぜ? 拍子抜けだよな! でもだったらできるのかね、アレ? とりあえず女なんだから??」

「え、なっ…あれ? あれって、何よ??」

 訝(いぶか)しく背後を振り返るに、相変わらずサングラスで目線を隠したクロフクはかすかにこの肩をすくめるばかりだ。
 すると代わりに赤毛に応じて背後の無表情デブが無表情のままに応(こた)える。
 ただしこの淡々とした返事の内容には、ただちにぎょっと目を丸くする女の子だった。

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「あれ? ああ、つまりはセックスのことかい? だったらできなくはないんじゃないのか、とりあえずはメス、もとい、女なのだから…! ただこんなに小型 なのはその範疇(はんちゅう)に入るのかわからないが? でもおれたちはそんなものはしないで済むようにできているだろう? もともと生殖能力がないから 必要がないんだ。教科でもある程度の知識としか教わってないものだし、おれには興味がないな…どんなものだか見てみたい気はするが。ああ、シシド、もしか して興味があるのかい?」

「おうよ、ありありよ! ただし相手がこんなちゃちなガキじゃなかったらな! カネさえ出せばいくらでもできるって言うしよ、この世の中じゃ!!」

「だったらそれでいいんじゃないのかい? おれは遠慮しておくが、それでも後学のために見学させてもらえるなら、シシドがそれをやっているところをじっくりと見させてもらうよ…」

「かあ、見学って、おいおいやめろよっ、なんか照れちまうぜ! ダチなんだからそこは張り切って一緒にやってくんなきゃよ? 言っとくがこのオレのおごりだぜ??」

「3Pというヤツか? ますますわからないな…」

「オレもわかんねえって! つーか、さんぴーってなんだ??」

「さっ、さんっ、ぴぃっ? なっ、なっ、なっ…!? あとそれにっ、せ、せせっ、セックス、ですって? クロ、こいつら!!」

「ああ、ひどいな? 完全に中2男子の会話だ! もとい、あまり気にするな。ただの戯言(ざれごと)だ…! あのシシドというやつは性格的に多少難ありで、それでもクロフクとしての能力は高い。それよりも少々、厄介だな?」

 華奢な肩をわなわなと身震いさせて声まで上ずらせる、もはやかなり取り乱したさまのルナである。
 おなじく無表情を装っていながら内心の呆れみたいなものが顔の端々(はしばし)にうかがえるクロは、また別の意味合いの困惑もそこににじませるのだった。
 片やそのあたりを敏感に感じ取る女の子だ。
 逆立てた柳眉を片方だけいぶかしげにひそませたりもする。

「…?」

 

               ※次回に続く…!