アトランティスの魔導士〈0〉 プロローグ ♯3
寒いですね!
雪が降るのはもう仕方ないとしても、どのくらい積もるのか知りたいところです。
本格的に降るのは夕方以降だとしても、基本が夜勤のお仕事だから朝方の帰宅時に往生してしまいますから…!
プロローグ ♯3
そこで左手に携えた、小振りな四角い『紙箱』をしたり顔でほらね? と示しながら、同じくもう一方の利き手ではさっぱりときれいに刈り込んだ坊主頭をいかにも慣れた調子でよしよしとばかり優しく撫(な)でつけてやる。
そんななじみの青年の温かな掌(てのひら)を、だがこれまたしかるにしてだ。
アトラと称されたやたらと勝ち気な男児は頭をぶるぶると揺すって邪険にはねのけてしまう。
ばかりかなおのこと不機嫌なありさまに、シュウと呼んだその一見するには外回りの営業マン然とした茶のスーツ姿を見上げては、キンキンけたたましい声音こわねの文句をがなった。
「やめろよぉっ! オトナってばみんなしておれのボーズあたまぐりぐりやりたがってさ、でもこれってすっげーめいわくなんだぞっ! おれもうそんなガキじゃないんだかんなっ、だってもうすぐジューダイになんだからっ…」
きっぱり!
敢然と鼻息も強くして叩きつけられた言葉には、初めいまいちピンと来ないよなしらけ顔で小首を傾げるくらいの相手だったか。
それでも、間もなくするにはしきりと合点のいった様子ではいはいと頭を頷かせてもくれる。
「えぇ、重大…? いや、十代か! そっか、アトラちゃんてばもうじきお誕生日だったっけ? 記念すべき、ええっと、そうそう今年で通算10回目の…?」
「あしただよっ! あんだよっ、シュウあんちゃんまでわすれてたのかっ? じいちゃんも今朝まであっさりとぼけてやがったしさ。ちっくしょ、みんなハクジョーだぜっ!!」
むくれっ面(つら)でせいぜいかわいらしい犬歯(キバ)を剥(む)くアトラに、柔和なサラリーマンは苦いようなおかしいような笑みをこの満面に浮かべる。
「あっはは! んー、でもこれってのは、実はアトラちゃんの大好きな、あの例の駅前のお店の『チョコケーキ』なんだけどもな? いや、全然意識していなかった。ほんとに奇遇だね! ああ、そうだ。なんならば、生ものたってこのまま冷蔵庫にでもしまっておけば、明日までは持つだろうしさ…」
「あんもうっ、ケチくせーことゆうなよぉ! じいちゃんじゃあるまいしっ、でもやったぜラッキ!! ひっさしぶりのごちそうだもんねっ。だったらほら、あんちゃんあがんなよっ、お茶くらいならうまいのソッコーいれてあげっからさっ」
「はは。それじゃあ、お言葉に甘えまして。よっと! …あ、ケーキは二つだけだから、後でハイクさんと召し上がってよ」
「わあった!」
まず人当たりがよく落ち着いた物腰の青年は、そこで幼い主に勧められるまま自らもが高い敷居をよいしょっと一跨(ひとまた)ぎにする。
一旦は居間を背に脱いだ靴を二足とも揃えてから、部屋の真ん中に据えられる黒塗りの古ぼけたちゃぶ台に向かって腰を下ろした。
そこで大の好物だとか聞かされれば途端にニタニタと相好(そうごう)崩しちゃ、やたらめったらした上機嫌となるお子様をとても微笑ましげ眺めるのだ。
するとそのアトラは、一時(いっとき)とて待たすこともないしごくこなれた手つきで煎(い)れた茶をだ、はいっ! とすぐさまに差し出してくれる。
こんなほとほと鼻っ柱の強いきかん坊にはおよそらしからずした、まさに目を瞠(みは)るような手際の良さでだ。
この辺りからいつ何時(なんどき)とも知れぬ待ち人の帰りに合わせるべく、もうそれとハナから準備がしてあったのだとシュウは察しがついた。
とかく勘がいい彼である。
それで目前に出された湯飲み、どうもと礼を言ってから一口ずずとすすりつつ、次いで自分にも注いでおいてそのくせ口をつけるよな気配のないアトラがだ。
その実のところは湯気の立つ茶碗で手を温めているらしいのまでもすかさず読み取ってくれる。
よってあどけない少年がなす季節外れな姿態(したい)をあらためて認識もさせられ、お節介さながら感じたことを率直、口にしていた。
「―ねえ、アトラちゃん。いまはもうだね、十月の半ばも過ぎになるっていうのに、そのやんちゃな格好はさすがに寒くはありはしないのかい? だったらばそう、そろそろハイクさんに長袖のシャツや厚物(あつもの)だとか、用意してもらったほうがいいんじゃないのかなっ」
「へーきだよっ! そんなのじぶんで出せるもん、それにこどもは風の子なんだぞっ! おれはもうすぐガキじゃなくなるけれどもさ。そしたらこのだっさいクリクリぼうずもきっぱりそつぎょうしてやるんだもんね!」
間髪(かんはつ)置かずにした、元気さも有り余る返答だ。
ずっと歳(とし)の離れたお兄ちゃんはまた思わずして渋くもおかしげ、笑ってしまう。
「ふふっ、そうかい。いらないお世話ってやつか…! ああ、それにしてももったいないなぁ、トレードマークのせっかく可愛らしいマンマル頭ちゃんなのに? ちょっと寂しいよ。うんでもそうは言ってもさ、一人前の大人と認められるには、ほんとはまだあともう10回くらい、お誕生日をお祝いしてもらわなくちゃいけないよねっ…?」
※次回に続く…!